SS No.01/勝負師が色んな意味で追い詰められる話

頭を打った。シーリングファンが、俺の焦りなんて知らないと言わんばかりに、悠然と回り続けている。後頭部にじわと拡がり伝わる疼痛のなんと不快なこと。骨があったらまともに痛いと感ぜられただろうに、何もないが故のぼんやりとした疼きがもどかしい。

視界の端、壁に飾ってあったキューが虚空に浮かんだ。緩慢に、不安定に、揺らめきながらこちらに迫る。目前に迫ると、先端が頬に触れ、顎を伝い、喉を掠めた。やがてボウタイの輪に引っかかる。無理に抜けようと引っ張られる度、俺の首が締まり、頭が揺さぶられる。息が詰まる錯覚をした。悪戦苦闘したのち、諦めがついたのか、する、と先端は身体を離れていった。

何が起きたのかまったく理解できなかった。誰が、俺に、何をしたのか。思い当たる節がない。身体も動かなかった。拘束されていたわけではないのに。むしろ避けたくてたまらないのに。

所在なげに彷徨っていたキューが、トン、と胸板を突く。その先にあるものは明確だ。自身の核たる心臓。


――うるさい。らしくもない。


「ハ、」


息が漏れた。唇が歪んだ。恐怖に? 不安に?

――いや、まさか!

ぐ、と口の端に、頬に力を入れて、つり上げた。


「ヤれるならヤってみろよ」


――悦楽に、だ。そうじゃなきゃ、『俺』じゃないだろ?




「……ってことがあってな?」

「はぁ」

「まあ、オチはない。話にもあったように、俺だって何が何だかって感じだったし、そもそも随分と前の話で――」


笑い種にでもなればいい、そう思って話してやったというのに、アイツは一笑に付すことも呵々大笑することもなく――いや、大笑はしたら怖いか――こちらを見つめるだけ。好奇の熱視線とは別種の眼力だ。

穴でも開くんじゃないかと思うほど見つめてくるものだから、こちらから笑って理由を問いかければ、アイツは至極真面目な顔で予想だにしない返答をしたのだった――お前が俺に何を求めているのか考えていた、と。


「……求めている? 何を? まさか、アンタに見返りとして面白い話でもしてくれって、俺が言うと? そんな酷な要求しないことくらい、アンタだって分かってるだろ」

「当然だ。そうではなく……憶えていてほしい、のかと」


思わず、ぽかんとしてしまった。『憶えていてほしい』? 話のリアクションに困るだとか、出来る助言が思い浮かばないとか、そういう話ではなく? ああそうだ、アルプはそういうヤツだ。他人に興味がないように見えて、その実他人のことばかり考えている。知っていたはずなのに、いつまで経っても慣れない。

それにしても、まだ人間の頃の癖が抜けきっていないのか。いや、それにしたって『憶えていてほしい』は――。


「……随分な自惚れだな。話せれば誰でも良かったんだ。留めておいても仕方のない記憶だしな。アンタだって、愚痴の一つや二つ、誰かに零して忘れようとしたことくらいあっただろ?」

「幽霊のお前がずっと忘れられないほど苦痛だったのか」


――ああ、しまった。余計なことを言った。

今日はどうにも調子が悪い。まさか、アイツから意趣返しを食らうだなんて。別に、後ろめたいわけじゃないはずだ。多分。恐らく。きっと。そうだ、あの眼が悪い――あの、射抜くような黄色が。



メモ
脳内設定① 幽霊時の記憶は生前の記憶より忘れやすい
死んだ(と自覚した)ときから時計が進まない感じ。記憶の定着もない。なので、幽霊になった後の記憶は一定期間(数日)が経過すれば忘れる。
憶えているのだとすれば、忘れないよう相応の努力をしているか、よほどのショックがあって忘れられないかのいずれかである。