SS No.02/裏庭にて
——孤独、けれど正気
——私はただ、愛に葬られている
脳裏に過った歌に導かれるまま、上階の最奥へ向かう。屋敷で外の空気に触れられる、数少ない場所。
迷い込むように足を滑らせた先には、見知った顔の男がいた。お決まりの微笑を貼りつけている。生温い風と、ほのかな草木の香りと、男の顔がやけに合わなくて、思わず笑ってしまう。
『なんだ、笑う必要はないだろ』
「お前がそんな顔をしてここにいるのが意外だったから」
『そんな顔って、どんな顔だ』
そうして奴は殺風景な庭に目を向けて、溜息をこぼす。
『花のひとつでも生ければいいのにな』
「花?」
「『お前、花くらいは見たことあるだろ? 例えば……薔薇とか』
「ああ、それくらいなら——咲かせられる、今すぐにでも」
——愛は五月の薔薇のように無垢なもの
——そして罪のように純白なもの
登山家が去った後の裏庭には、凍りついた植物と噴水があった。男の像は笑顔を保ったまま、噴水に咲く多重の氷の花を歓迎するように、腕を伸ばしていた。
「幻想狂気な小説お題ったー」様、2020/02/24の診断より。
『世界一仲の良い他人で、奇妙に歪んだオブジェが並ぶ庭で、思い出の歌を口ずさみながらあの人の幻覚に溺れる場面が出てくるお話を書いてみませんか?(3ツイート以内)』
歌詞はRule of Roseの『A Love Suicide』から。タイトルを「Under the Rose」にするか最後まで迷いました。
本作内で登山者さんと喋っている勝負師さんは、登山者さんが裏庭の男性像を勝負師さんと重ねた結果、すなわち妄想の産物なので、本物よりもトゲがありません。登山者さんは良心的という証左でもあり、自分の中で勝負師さんを完璧に再現できるほど心を預けていない証明でもあります。彼らが共依存ではなく他人たりうる所以。それでも、彼の姿を追ってしまうくらいには気を許していたわけですが。