SS No.03/赤の兵隊と夢見る少女
「赤の兵隊さん、ミイちゃんが怪我しちゃったの」
三つ編みおさげの少女が、ぬいぐるみを抱きしめながらやってきた。肩と腕の接合部分がほつれてしまったようだ。そういえば、以前青が余り布でパッチワークの猫を作っていた。継ぎ接ぎだらけの割に、腕以外に綻びはない。随分と丁重に扱ってくれているらしい。ありがたいことだ。
「これくらいならすぐに直せるな。任せとけ、この俺がしっかりと——」
「あのね、治すところ、見ててもいい?」
おっと、まさかご家族立会いのもとだとは思っていなかった。予想外の提案に思わず口を閉じる。見ていても面白いものか、と思案。……いや、面白くないなら、面白くすれば良い。
「オーケー、ミイちゃんの緊急オペをしよう。危険だから、あんまり傍には来ないようにな」
「はぁい」
良い返事と共に、俺の左後方にまわる。俺の言葉を守って、後ろからこっそりと覗いているらしい。スーはいい子だ。起きているときに限り。
「まずは麻酔を打つ」
「ますい?」
「痛みを感じづらくさせるんだ。怪我を治すのに針で縫う必要があるからな。すごく細い針なら刺されたことに気付かないから、麻酔を打つのに重宝する。これとかな」
一番細い針を取り出して、肩あたりに刺す。生地に影響が出づらいものがあってよかった。こういうのは過程とパフォーマンスが大事だからな。
「こうすると、腕周りの感覚がなくなってくるから、その間に縫う。何色がいい?」
「薄いピンク……うーん、黄色もいいなぁ」
「じゃあこの糸はどうだ?」
「わぁ、綺麗!」
優しい夢みたいな、パステルカラーのグラデーションを見て、スーは目を輝かせた。
この刺繍糸は、緑が刺繍にハマっていた時の余りもの。『手先が鈍ったらマズいから』って本人は言い張ってたけど。スーのために使ったって言えばアイツも文句は言わないだろ。
「よし、じゃあ縫っていくぞ」
糸を針に通す。本当は、刺繍糸は補強には不向きだ。太いし柔いし。でも刺繍糸だからこそできることがある。
綿を少しだけ補充して、裂けた部分をぴったり合わせる。ステッチの要領で縫っていくと、きらきらした糸が腕を飾り立てていく。
5分も経たず、ミイちゃんの腕は元どおりになった。
「はい、手術は無事終了しましたよ、っと」
「すごーい!」
ぱちぱちぱち。拍手喝采。どうやら満足してくれたようだ。スーと目線を合わせて、横抱きの状態で渡す。
「じゃあ、これからもミイちゃんと仲良くな」
「うん! ありがとう、赤の兵隊さん!」
ミイちゃんを大切そうに抱きしめながら、おさげを揺らして出て行った。その背の名残を見つめながら、スーの言葉を反芻する。
ありがとう。一番好きな言葉だ。
初出:ぷらいべったー(2019/04/20)
スーちゃんのぬいぐるみをなおす兵隊さんが見たかったので書きました。
スペイン語版の影響により、弊屋敷の兵隊さん達には個性と自我が与えられています。